ついに消防団にジョインしました!入団のきっかけと理由について。以前は断固拒否していました…
ついに消防団に入団をしましたー。
まさか自分が消防団に入ることになるとは、数年前までは考えられなかったです。
「アパート最高ーー!だって地域活動の声がかからないもん!」と数年前までは思っていました。
地域の役割や会議、お祭りへの参加もほとんど声がかかりませんでした。日役みたいな奉仕作業もゼロ。
それが心地よかったのに、今は村の一員として上記の活動に参加をしています。
なかでも消防団は一番負担が大きいのでは…。
それが今では消防団にやりがいすら感じています。
今回はなぜそんなに考え方が変わったのか、について書いています。
地方での生活や消防団の存在が気になっていた昔の自分に教えてあげたい。
音声でも語っていますので、文字を読むのがめんどくさい人はこちら(stand.fm)をどうぞー。
消防団は必要だし経験しておいた方がいい(結論、入ってよかった)
消防団には入ってよかったと思っています。まだ入ったばかりですが。
理由はタイトルにもあるとおり「必要だから」ということが自分の中では大きいなーと思います。
消防団がなくなったらどうなるか?
何かに対して「必要なものかどうか」を考える時、皆さんはどのように判断をしていますか?
私は「それが無くなったらどうなるか」と想像するようにしています。
無くなっても皆の暮らしに影響が無いものに関しては、さほど必要なものではないかもしれません。
では消防団がなくなったらいったいどうなるのか…?
そうすると火災が起きた時に、消防署の消防車よりも早く到着できた場合の初期の消火活動、消防署の消防車だけでは同時に対応できない部分の消火活動、消防署員だけでは対応できない周囲への対応等、現在消防団が対応している部分がごっそり抜け落ちることになり、被害の拡大や近隣住民への被害が想像できます。
これは実際に消防署員の方もおっしゃっていたそうです。
「現場で交通誘導してくれるから本当に助かる!」っていう話を知人から聞いたりしましたよ。
まだ入団したばかりなので経験が伴っていないですが、
消防団が無くなってしまうと少なからず問題が発生しそうだということは分かります。
実生活では得られない知識と経験がある(何で評判が良くないんだ…?汗)
火事が起きたらどうしたらいいのか、何を知っておくべきなのか…。
これらの情報は消防団に入っていなくても知ることができると思います。
消防団員に聞いてもいいし、ネットでいくらでも調べられるはずですよね。今はいい時代です…。
わざわざ聞いたり調べたりする手間は必要ですが、
消防団員だけが知ることができて一般の人が知り得ないこと、
というのはそうそう無いと思います。
実際に、消防団に入っている友人から防火水槽の話などいろんなことを聞いたことがあります。
「全然気にしたことがなかった、知らんかった!」ということばかりでしたが、
話を聞くことで知ることができました。
聞いてよかった、勉強になったー!
と思った反面、有事の際にこの情報をどう使うんだ、自分は動けるのか?
とも思いました。
「得られた知識を使った経験」は消防団でしか得られないですね…。
そもそもいろんな設備や道具、装備が必要で、勝手に使用できないものばかりだと思います。
仮に使用が許されていたとしても、普段から訓練をしていて使用するのと違い、
知識だけ持っている状態でいきなり本番で使用するのはかなり難しそうです。
個人的にはそれだけでも入団をしている価値があるし、
実際に身近で起きたケースを後ほどご紹介しますね。
消防団はなんで良くない印象があるのか?
これはみなさんが思い浮かんだとおりだと思います…。
私が耳にしたことがあるのはこんな感じかな?
- 飲み会が多い
- 操法大会のための過剰な練習時間
- 必要かどうかわからない定期的な旅行
- 昼夜を問わずいつ出動の声がかかるか分からない
出動に関してはそういうものだししょうがないと思います。むしろそれが仕事だし…。
ただその他の項目についても事実だと思うし、これらは見直すべき点だと思います。
コロナ禍があってか、以前よりは全然マシにはなっていると思います。
ひょっとすると時代の流れに応じてコロナ禍前からおとなしくなってきていたのかも。
全ての消防団・分団が同様だったとは思わないのですが、
でも確実に無茶を繰り返してきた多くの消防団の悪しき習慣のためについてしまった印象だと思います。
疲れを癒し、懇親を深める機会をゼロにした方がいい!
とまでは思いませんが、最低限で十分だと思います。
手段としての操法大会についても完全に不要だとは思いませんが、限度というものがあると思います。
この辺はまた今後掘り下げた記事を書いてみたいと思います。…特に操法大会。
得られた知識と経験は有事の際に強く活きる(すげぇと思った)
そんな消防団に対する自分の価値観に一番影響を与えたエピソードがあるんです。
消防団にはもともと入団するつもりだったのですが、
このエピソードを聞いて「ちゃんと学んで訓練をしておきたい!」という願望が湧いてきました。
実際のエピソード
実は身内の話なので、とっても身近なお話です。
ある日不幸なことに、とある身内のお家から火の手が上がってしまいました…。
その連絡を受けた義兄が、現場にいち早くたどり着くことができたそうです。
現場には消防署の消防車も地元の消防団もまだたどり着いておらず、
素人が扱える消化器でもすでに対応しきれない状態になっていました。
消防団に所属していた義兄はそんな中で、
近くの消火栓や消防設備を利用して適切で迅速な消火活動でつなぐことができました。
消防車が到着するまでのこの間に対応できるというのはとても大きかったと思います。
それが消防団に所属していない人にできたかどうかは、想像すればすぐに分かりますよね。
有事の際に実際に使える知識と経験がある。
これがどれほど大きいことかと、この話を聞いて痛感をしました。
社会生活を送る上で完全な”個”はむずかしい(だるいのは分かります…)
この世の中が社会として成り立っている以上、
その中で生きている限りは「完全に一人で生きる」ということは実はできないんですよね。
一人で生きるということがどんなことかというと、
例えば山の中で食料を調達しながら生きていく!みたいなことだと思います。
税金を納めて公共の設備を使う時点で一人で生きているとは言えません。
そういうことをひっくるめて前提として、この社会では「自立している」と呼んでいるに過ぎないと思います。
毎日を快適に過ごせているのも、
知らない人が知らないうちに知らないところで町を整えてくれているからですよね。
溝が掃除されていたり、雑草が駆られていたり、道が整備されていたり、ゴミを回収してくれていたり…。
めっちゃありがたい。
そのお仕事をしてくれているのは、行政から委託された業者だったり地域の日役だったりします。
そんな快適な環境の中で過ごしながら「自分は何もしたくない」と考えることに違和感を感じませんか?
税金や区費を払っているから当然の権利と言えばそうかもしれませんが、
一人ではまかない切れないリスクをみんなでカバーするというのは合理的な考え方だと感じます。
そしてなにより、そうしている方が安心。
「知らない人が知らないうちに知らないところで」というのは本当に何も知らないから、
なんとなく毎日が快適に送れているけれど漠然とした不安を感じます。
その中でも不安を掻き立てるのがリスクで、
そのリスクが高いものの一つが火災・災害だと思います。
でも自分が自ら関わっていけば有事の際にどのように対応されるかという構造が理解できるし、
自分の力で何とか出来るという選択肢も持てます。
これらがものすごく安心につながるのです〜。
これは自分の中で落とし込んだ考え方なので、
誰の価値観にもマッチするかどうかは、分かりません!
でもなんとなく本質に近いところは突いていると思います。
人生の優先順位において、
「毎日を安心して快適に過ごす」というのは最上位ではないでしょうか。
そのための手段の一つとして、消防団活動はやっぱり意義があります。
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言語化って難しいですね!!!
上手な人はもっと端的に分かりやすく言葉を選んで表現できるはず…!
書けば書くほどその凄さと、自分の無力さを痛感します。
でもとっても面白いので、
また次回もよろしくお願い致します!
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
ではまたー。